文章を書くときの原則は《読者のことを考える》である。
この一言を土台に本を二冊も書いたし、三冊目を書いている。「数学文章作法」シリーズのことだ。
それなのに、いまだに忘れがちである。読者のことを忘れて書いてしまう危険性はいつもある。本当に気をつけなくてはいけない。
自分しか見えなくなるからだ。自分がやっている内容に集中してしまい、何のためにやっているかを忘れてしまう。
もちろん、自分が夢中になる必要はある。しかし、それだけではだめなのだ。読者のことを考えるときには、ほんの少し身を引いている。どっぷりと内容に浸かりながら、どっぷり浸かっている自分を冷静に眺めて「もう少し右に進め」と自分に言う。
どっぷり浸かってないじゃん。
《読者のことを考える》という原則は、愛の原則だ。
愛は約束であり、意志であり、継続であり、自己犠牲であり、忍耐であり、寛容である。
ある意味で、自分に死ぬことが要る。
もっと努力しなくては、と思う。けれど、調子こいて無理をしてはいけない、とも思う。
生きるって、なかなか難しいもんだね。
歳をとればとるほど、二十代でキリストを信じたことは幸いだったなと思うようになった。幸せをもたらすものは、知識ではなく、財産でもなく、仕事でもない。愛である。
幸せは、愛に直結している。
ある意味で自分が死に、それによって相手が生きる。それが愛であり、最も深い幸せに直結する。
自分が時間を使って学び、概念を噛み砕き、丁寧に文章を紡ぐ。それは、自分の時間を使っているという意味で、自分の命を削っているわけだ。それと交換に、読者が喜んだり、楽しんだりする。
自分が死に、相手が生きる。
愛の形である。
《読者のことを考える》という原則は、愛の原則である。
文章を書くときの原則だけれど、それは書き手の幸せに直結しているのだ。