「たとえば、\(r\)を実数とする。そのとき、\(r\)を二乗した数\(r^2\)についてどんなことが言えるかな。考えてみよう」 \[ r^2 \] 僕の問いかけに、テトラちゃんは数秒考える。
「\(r^2\)は、二乗したんだから、\(0\)より大きくなりますよね …… そういうことですか?」
「いや、違うよ。《\(r^2\)は\(0\)より大きい》じゃなく《\(r^2\)は\(0\)以上》が正しい。\(r = 0\)かもしれないからね」
「あっ、そうですね。\(r\)がゼロだったら、\(r^2\)もゼロですね。はい、《\(r^2\)は\(0\)以上》ですね」
テトラちゃんは、納得したように頷く。僕も頷き、先を続ける。
「つまり、次の不等式は\(r\)がどんな実数であったとしても成り立つ。そうだよね?」 \[ r^2 \geqq 0 \] 「え? えっと、そうですね。\(r\)が実数なら、\(r^2\)はゼロ以上ですね」
「実数\(r\)はプラスか、ゼロか、マイナス。そしてそのいずれの場合でも二乗すると\(0\)以上になる。だから、\(r^2 \geqq 0\)が成り立つ。これは《\(r\)が実数》といわれたときに注意しておくべき重要な性質だよ。等号が成り立つのは\(r = 0\)の場合だ」
「あのう……、当たり前みたい、なんですけど」
「そう。当たり前だよね。当たり前のところから出発するのはいいことだよ。じゃあ、ここから少し進んでみよう。\(a\)と\(b\)が実数だとしよう。そのとき、次の不等式も成り立つ。いいかな?」 \[ (a - b)^2 \geqq 0 \] 「ええと、え、ええ。そうですね。分かります。\(a - b\)は実数ですものね。実数だから、二乗したら\(0\)以上になる。……ちょ、ちょっと待ってほしいんですが、さっきは\(r^2 \geqq 0\)で\(r\)って文字を使いましたよね。どうして今度は\(a\)と\(b\)を使ったんですか。いつも、こういうところであたし、考え込んじゃって。あたしが考え込んでいると、先生の説明はその間にずっと先まで進んじゃうんです……」